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映画館のない離島から、NetflixやAmazonプライムビデオの新作配信映画を中心に爆速レビュー!

Netflix映画『カールと共に』感想(ネタバレあり)〜国民感情の導火線に着火させるには〜

Netflixオリジナル映画『カールと共に』ネタバレ含めた感想です。移民排斥運動が激化する世の中の空気。そんな国民感情に火を付けるのに躍起になる若者の暴走をスリリングに描く。

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作品情報

原題:Je Suis Karl
製作年:2021年
製作国:ドイツ、チェコ
日本配信日:2021年9月23日Netflixで配信開始
本編尺:2時間6分
監督:クリスティアン・シュヴォホー
出演:ルナ・ヴェドラー、ヤニス・ニーヴーナー、ミラン・ペシェル
ジャンル:サスペンス

予告編

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あらすじ

爆破テロにより大切な家族を失った若い女性。悲しみのなかで答えを探す彼女は、知らず知らずのうちに自らの家族の命を奪ったテロ組織の活動に引き込まれていく。

感想

評価:★★★☆☆

世界中で移民排斥運動が激化している。そんな世の中の空気をNetflixオリジナル映画でも度々題材にしてきた。排斥される側を描いたイギリス映画『寄る辺なき者』も秀作だったが、本作は排斥運動に巻き込まれてしまう父娘を描いたドイツ映画だ。

父親は難民であるユスフをベルリンに亡命させる手助けをし、それをきっかけに愛する家族をテロで失い、その事件の首謀者とは知らずに傷心の娘はカールに惹かれることになる。彼が主催する若者の未来のための反政府集会は、新しい欧州の再生と安全の名のもとに、優生思想や脅威となる移民排斥を肯定し、やがて自らの「目的ある死」をもって国民感情の導火線に着火させようとする。

実際は被害者でもないのに、直接的には関係がないのに、代弁者として視聴者に訴えかけるメンバーへの違和感。そしてその運動に広告塔として利用されているのではないかという猜疑心。ふとしたきっかけで同乗した船から、降りることは許されないところまで流されてしまう様は実に恐ろしい。

一方で父親は娘を探し出し、カールの死をきっかけに世界で同時多発的に起こるクーデターの砲火をくぐり抜けるように、父と娘とユスフは地下水道へと逃げ込む。かなり極端な展開が多く、世界中でここまでエスカレートするのはやりすぎな印象は受ける。だが、暴力が蔓延るこんな世界を望むのかと力強く警鐘を鳴らす社会派サスペンスだ。

 

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Netflix映画『ナイトブック』感想(ネタバレあり)〜「物語る」ことの尊さ〜

Netflixオリジナル映画『ナイトブック』ネタバレ含めた感想です。ジュブナイルホラーの体を取りつつ、「物語る」ことの効果や可能性、尊さを真摯に描いた良作。

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作品情報

原題:Nightbooks
製作年:2021年
製作国:アメリ
日本配信日:2021年9月15日Netflixで配信開始
本編尺:1時間43分
監督:デビッド・ヤロベスキー
出演:ウィンズロウ・フェグリー、リディア・ジュウェット、クリステン・リッター
ジャンル:ホラー

予告編

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あらすじ

怖い話が大好きな少年、アレックスは魔女に捕まり、魔女に毎晩怖い話を聞かせることに。捕らわれの少女と力を合わせ、アレックスの脱出作戦が始まる!

感想

評価:★★★☆☆

本作はホラー映画として見れば、子供向けで怖くないと思うかもしれない。だが、この映画の肝は「物語る」ことの効果や可能性だ。無から自らの頭で物語を紡ぐことは、個性や才能であり、自分自身のトラウマを吐き出す浄化作用であり、恐れや悲しみを誰かと共有することであり、誰かを助ける力がある。それが例え子供だましの取り留めのない話であろうと、「物語る」ことは尊いのだ。

冒頭からホラー好きの両親が、自分たちがもっと普通だったらうまくいっていたはずなのにという嘆きが聞こえる。それはホラー好きの息子の趣味を否定することで、彼自身のこれまでの人生をも否定することになる。だからこそ、彼は怖い物語を書くのをやめ、「普通」になろうとする。

そこから彼は魔女と出会い、強制的に毎日「ストーリーテラー」となることを強いる。ここで面白いのは、つまらなかったり、怖くなかったり、物語に真実味がなかったりすれば、魔女の視点からちょこちょこダメ出しを入れる点だ。それはまるで、作家と担当編集者の関係性のようであり、魔女という敵や悪と見なされがちな存在が、彼が「物語る」ことを結果的には後押ししているという展開が興味深い。

小道具、舞台装置、音響、照明といった画作りに関わるいちいちがいい仕事をしており、また彼が物語る世界は舞台的な演出を施すメリハリも視覚的に楽しい。魔女のもとから脱出するという縦軸がありつつ、ノーマルになれば自分に何も残らず、本当に認めてほしい、ありのままの自分を受け入れるというテーマもいい。

Netflixドキュメンタリー映画『Untold』感想(ネタバレあり)〜アスリートは超人ではなく人間だ〜

Netflixオリジナルのドキュメンタリー映画『Untold』ネタバレ含めた感想です。Netflixのドキュメンタリーはどれもクオリティが高いが、スポーツ界の裏側に焦点を当てた本シリーズはその中でも珠玉の出来。その中でも『慢心と失墜とアイスホッケー』の面白さには度肝を抜かれる。超必見!

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作品情報

原題:Untold
製作年:2021年
製作国:アメリ
日本配信日:2021年8月10日Netflixで順次配信開始
エピソード数:5
ジャンル:ドキュメンタリー

予告編

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あらすじ

①2004年、ミシガン州NBAの試合中、選手間の衝突が観客を巻き込み乱闘へと発展。NBA史上最悪といわれる乱闘事件の真相と余波を、当事者たちが振り返る。

②さまざまな障壁を打ち破り、リングで輝いた伝説的女性ボクサー、クリスティ・マーチン。だがその私生活は、薬物依存や深刻な虐待など深い闇に包まれていた。

③葛藤と信念を胸につかんだオリンピックの栄光。その先で、本当の自分と向き合うため、さらに困難な道のりを歩んだケイトリン・ジェンナーの特別な物語に迫る。

④その実力と激しい乱闘で知られたアイスホッケー界の問題児。そんな彼らを率いたのは、マフィアとつながりのある父親にチームを買い与えられた17歳の少年だった。

⑤米国テニス界の期待を受け、プロとして活躍したマーディ・フィッシュ。だが勝ち続けるプレッシャーの下、コートの内外でメンタルヘルス問題に苦悩することに。

感想

評価:★★★★★

 

①パレスの騒乱

初公開となる選手と観客の大乱闘の映像を検証しながら、プロと観客の関係性やプロ意識、バスケ=黒人=危険というマスコミや世間のイメージ形成、積み重ねたキャリアが一瞬で崩れ去る恐ろしさ、さらには事件を乗り越えるメンタルといった問題を多角的に捉える見事な構成が光る。

②勝利の拳とその代償

毎日顔を合わせて時間や感情を共有する選手とコーチの関係性にスポットを当てながら、年の差婚を果たす蜜月関係から、夫の操り人形として自由が許されない環境、それがエスカレートして引き起こる壮絶な事件と、同性愛をカミングアウトし自由な生き方を歩んでいく波乱の物語で一気に見せきる。

③ケイトリン・ジェンナーの金メダル

性に違和感を感じながら、混乱する心を忘れさせてくれるスポーツにのめり込み、十種競技の道へ進んでいく。性同一性障害を抱えながら、十種競技の順番ごとに心の持ちようが紹介されていくのが臨場感たっぷり。自分を受け入れてほしい願いは、人を強くする。

④慢心と失墜とアイスホッケー

このシリーズで一番よくできているだけでなく、今年のドキュメンタリー映画屈指の面白さマフィアの父親にホッケーチームを買い与えられた17歳の息子が問題児たちを集めて悪党軍団を作り上げていく様は痛快!

まるでパワプロのアレンジのように選手を大金でかき集めながらも、癖の強すぎる暴れ馬たちを統率し勝ち上がっていくサクセスストーリーと、17歳の素人が観客や選手、さらにはコミッショナーまでも虜にする経営者や漢として成長していく物語が並行して描かれる胸アツ展開に目が離せない!

それでいてゴミ処理業者を隠れ蓑にするマフィア帝国のボスである父親とFBIの攻防、それによって息子の夢が危機に晒されていくスリリングな展開、そして時を経た同窓会的なラストは涙なくしては見られない!

⑤極限のテニスコート

米国テニス界で活躍したマーディ・フィッシュ。彼のキャリアが振り返られるのに合わせて、その時々の心の持ちようが彼の口によって語られる。アスリートとして下り坂に差し掛かる30歳を目前に、徹底的な肉体改造とテニス漬けの日々によって、キャリアハイの成績を残したにもかかわらず、最も大事な試合を棄権してしまう。

アスリートとは、強い肉体と精神力を持っている。それでこそアスリートである、期待に応えるためにそんな姿を無理をして演じることで、かなりのストレスやプレッシャーを感じることになる。だが、弱い心を周囲に気づかせない訓練を無意識のうちに受けていることで、そんな心を閉じ込めてしまう。だからこそ、このドキュメンタリーで初めて彼の心の浮き沈みが、映像とともに語られることになる。

Netflixドキュメンタリー映画『シューマッハ』感想(ネタバレあり)〜熱きシューマッハの時代が蘇る〜

Netflixオリジナルのドキュメンタリー映画シューマッハネタバレ含めた感想です。自らの腕と叩き上げ根性でF1界に殴り込みをかけた熱きシューマッハ時代の記憶が蘇る。

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作品情報

原題:Schumacher
製作年:2021年
製作国:ドイツ
日本配信日:2021年9月15日Netflixで配信開始
本編尺:1時間52分
監督:ハンス=ブルーノ・カマートーンス他
出演:ミハエル・シューマッハ
ジャンル:ドキュメンタリー

予告編

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解説

関係者の独占インタビューと秘蔵映像を交えて、F1世界選手権で通算7度の世界タイトルを獲得した名ドライバー、ミハエル・シューマッハの素顔に迫る。

感想

評価:★★★☆☆

 

ミハエル・シューマッハの家族や関係者の協力と証言のもと、シューマッハという人物像を浮かび上がらせるオーソドックスな作りの人物ドキュメンタリー。その完璧主義っぷりと過ちは認めない徹底っぷりで悪役とも言われがちだが、一方で家族やチームを愛する穏やかな一面を厚めに紹介することで、人間を立体的に捉えようとしている。

 

面白いのは、父親が経営していたレーシングカー場で幼い頃から運転していた影響で、いいマシンでいい走りをするのは当たり前で面白みがなく、裕福でない環境で安いパーツを集め、自らのドライビングテクニックで伸し上がってきたという叩き上げ根性が根本にある点だ。但し、少しでも道を謝れば夢は潰えると幼心に自覚していたからこそ、限界を見極めてギリギリまで攻める人生を送ることになったというのは、彼の言動を正当化するこじつけのような気もしなくもない。

 

ドイツの若造がTシャツメーカーと組んでF1に殴り込みをかけ、フェラーリを再生させるまでの過程は痛快であり、また幾度となく相手と接触し進路を妨害し、懲罰やバッシングを受けたのも、裏を返せばそれほどお互いの余裕がない歴史的な大熱戦を繰り広げてきたということだ。不運なスキー事故にあってから彼は公から消え、本作にも実際の姿は登場しないが、熱き時代の熱気が蘇る一作だ。

 

 

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Netflix映画『雪の峰』感想(ネタバレあり)〜雪山で天秤にかけられる、命の重さと価値〜

Netflixオリジナル映画『雪の峰』ネタバレ含めた感想です。雪山で天秤にかけられる、命の重さと価値。シンプルな状況で人間のエゴイズムを揺さぶる見応えっぷりの一作。

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作品情報

原題:Tata muta muntii
製作年:2021年
製作国:ルーマニアスウェーデン
日本配信日:2021年9月17日Netflixで配信開始
本編尺:1時間49分
監督:ダニエル・サンドゥ
出演:エイドリアン・ティチェニ、エレナ・プレア、ジュディス・スターテ
ジャンル:ドラマ

予告編

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あらすじ

厳寒の雪山で息子が行方不明に。その知らせを受けた元情報局員は、我が子を見つけ出すためすべてを犠牲にする覚悟で、あらゆる手を尽くした必死の捜索を続ける。

感想

評価:★★★☆☆

 

物語は至ってシンプル。前妻との間の息子が遭難した状況で、父親はただ待つことしかできない。救助隊に一緒に登るといっても体力が切れて途中リタイア。救助隊も事前の前で人間は無力だといって最善を尽くしているように見えない。そこに夫を支えたいと現在の身重な妻も合流してしまう。苛立ちが募る中、一体何ができるのか。

 

彼はツテを駆使して情報局を捜索に介入させる。例えその方法が違法でも、なりふり構わずシステマティックな捜索が展開される。これまでも問題が生じれば権力や財力で周囲を黙らせ解決してきた強行突破型の男は、典型的な自分の半径1メートル以内が助かればそれでいいタイプの人間だろう。だが、人を見下して思うがままにコントロールできても、自然がそうはいかない。

 

本作はそんな人間のエゴイズムを揺さぶり、人間の命に重さや価値の違いがあるのかと天秤にかけてみせる。雪崩に合っておそらく助からず、人間にやれることには限界があるとは分かっているものの、これ以上続ければ他の人々を道連れにし深みにはまるかもしれないと分かっていながらも、実際に姿が見えるまでは諦めきれない。だが、息子の捜索よりも救える命を優先すべきなのかもしれないと、銀世界で悩むことになる。

 

父親として、人間として、どのように行動すべきなのか。シンプルな状況だからこそ、そこで下す男の決断の重さと、無線にも応答せずにひとりで闇雲に雪を掘り続ける姿にすべてを託す物語の切り上げ方に好感が持てる。

Netflix映画『バック・ノール』感想(ネタバレあり)〜刑事のモラルと正義が問われる、硬派な実録アクション〜

Netflixオリジナル映画『バック・ノール』ネタバレ含めた感想です。刑事のモラルと正義が問われる、実話に基づいた硬派な実録クライム・アクションの傑作。

 

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作品情報

原題:BAC Nord
製作年:2020年
製作国:フランス
日本配信日:2021年9月17日Netflixで配信開始
本編尺:1時間45分
監督:セドリック・ヒメネス
出演:ジム・ルルーシュ、カリム・ルクルー、フランソワ・シビル
ジャンル:クライム

予告編

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あらすじ

マルセイユで小さな事件ばかりを扱っていた3人の刑事に訪れた、大規模麻薬組織摘発の機会。だが、情報提供者にある条件を提示され、彼らは窮地に立たされる。

感想

評価:★★★★☆

 

冒頭から静止を振り切られ逃亡を許したにもかかわらず、軽口を叩きあう3人の刑事の会話の面白さとそれぞれの素性をテンポよく描きながら、一世一代の仕事へ向けて着々と準備を進める序盤は軽快そのもの。海を目前にしたまるで陸の孤島にそびえ立つ白い白のようなアジトとなる団地。そこに住まう住民は諦め、地元警察も見て見るふりをしている現状はありながらも、彼らの凶暴性や攻撃性はそれほど具体的に描かれないため、軽いケーパーものだと高を括っていたら痛い目にあう。その転調が素晴らしい。

連想するのは同じくフランスを舞台にしたラジ・リ監督の大傑作『レ・ミゼラブルだ。団地に押し寄せる警察隊と、迎え撃つギャングたちの一触即発の緊張感。それぞれが銃を突きつけ罵り合うハイテンションと、建物の階段を駆け上がりアジトへと足を踏み込む静と動の極限状態のメリハリ。団地という構造を見事に活かしきった迫力ある場面の連鎖と、入念な準備を経ているからこそ、それぞれのアクションの目的が明確なのがいい。最後に車に乗ってバックで脱出する際の、周囲を敵で囲まれた圧による恐怖は只事ではない迫力で、硬派な実録アクション映画としての正体が明らかになる。

だが本作はそこで終わらない。英雄として祭り上げられた三人は一瞬のうちに地獄を見ることになる。組織から回収した麻薬を情報提供者へ報酬として渡したことが、密売の罪で逮捕される。上司には知らなかったとシラを切られ、完全に四面楚歌になる彼ら。無罪になりたいのなら、情報提供者の名前を教えろと脅される。ここで問われるのは、刑事としてのモラルであり、もっと大きな「正義」を貫くことの意味である。

これが実話を基にした作品だというのだから驚きだ。すっかりやつれて目が死んだ彼らが下してしまう決断と、あまりの後味の悪い苦味と、もはや正義はどこにも残っていない虚しさ。ギターの旋律とともに、彼らの退場の仕方が胸に染みるクライムアクションの傑作と言っても過言ではない。

Amazon Prime Video 映画『社会から虐げられた女たち』感想(ネタバレあり)〜社交界という名の男性社会の中で、品定めされる女性たち〜

Amazon Prime Videoオリジナル映画『社会から虐げられた女たち』ネタバレ含めた感想です。社交界という名の男性社会の中で、品定めされる女性たちの不条理な仕打ちを怒りを持って描き出す衝撃作。

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作品情報

原題:The Mad Women's Ball
製作年:2021年
製作国:フランス
日本配信日:2021年9月17日Amazon Prime Videoで配信開始
本編尺:2時間1分
監督:メラニー・ロラン
出演:ルー・ドゥ・ラージュ、メラニー・ロラン、エマニュエル・ベルコ
ジャンル:ドラマ

あらすじ

ウジェニーには、死者の声を聞いたり姿を見たりできる特別な力があった。19世紀末、家族にその秘密を知られてしまった彼女は、父と弟によって運命から逃れることのできないサルペトリエール病院に入院させられてしまう。彼女の運命は病院の看護師であるジュヌヴィエーヴの運命と複雑に絡み合っていく。シャルコー医師が主催する毎年恒例の「舞踏会」の準備をとおして出会った2人。この出会いが2人の未来を変えていくことになる。

感想

評価:★★★★☆

 

イングロリアス・バスターズ』『オーケストラ!』などで有名なフランス女優のメラニー・ロラン一方で監督としても着々とキャリアを積んでおり、本作は『欲望に溺れて』 『ガルヴェストン』以来の5作目の長編監督作である。

男性は立派な仕事と幸せな結婚が望まれる一方で、女性はそんな男性を陰で支えることを求められる。そんな時代に、父親に内緒で外出しカフェで読書し、社交界を雌馬の品評会のようと切り捨てるウジェニー。霊の声が自然と聞こえるという能力がゆえではあるが、先進的すぎる言動で仕事や家族の名を汚す娘を厄介払いするために父親は彼女を精神病院へと送ってしまう。

ブルジョア階級である彼女が住まう屋敷の窓、蝋燭、扉、鏡といった光やインテリアを効果的に配する画作りは見事で、その後の精神病棟内の簡素的な色彩や構造がより一層彼女の心から潤いや張りが損なわれていくさまを視覚的に表している。

この精神病棟での「患者」たちの扱いがまた壮絶だ。首だけ出る樽風呂に漬け込む水治療、まるでショーのように催眠術をかけて痙攣発作が起きてもほったらかしにする見世物のような治療、拘束着のようなコルセットを巻き子宮を広げて卵巣を見る治療。それらは臨床試験という形で治療の名のもとに行われ、医学界の権威が集う学会で発表するために彼女たちの写真の撮影会も行われる。酷すぎて反吐が出るくらいだ。

本作は、冒頭でウジェニーが言い放ったように、社交界という名の男性社会の中で、女性たちは性の対象としていつでも品定めされる。そこで男性たちを満足させた者だけがチャンスを掴めるのだろうか。催眠術ショーや終盤のサルペトリエール病院で行われる舞踏会では男性は無力な女性を支配し、まるで下僕のように扱う。

そんな中で、ウジェニーの担当となる二人の対象的な看護婦が機能する。彼女が霊が見えるから男性社会に虐げられているのではなく、裏を返せば正気だから虐げられないわけではない。正気か狂気か、あるいは正常か異常か、それが治ったか治っていないかは、男性のさじ加減で決まってしまう。そんな不条理に腹が立ってくる。

誰かを救うために、他の誰かが犠牲になり、正気が奪われる中で、救いの手を差し伸べてくれる人がいる。ウジェニーは社会から虐げられ、救い出されたものの、また他の社会の片隅で生きるしかないだろう。そんな状況でも、宗教でも医学でも救えない魂の寄り添いに、胸を打たれる。

Netflixドキュメンタリーシリーズ『暴君になる方法』感想(ネタバレあり)〜誰でも暴君になれるプレイブック〜

Netflixオリジナルのドキュメンタリーシリーズ『暴君になる方法』ネタバレ含めた感想です。ヒトラーフセイン、アミン、スターリン、カザフィー、金正日。歴史上の暴君たちが参考にした架空のプレイブックを紐解く。

 

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作品情報

原題:How to Become a Tyrant
製作年:2021年
製作国:アメリ
日本配信日:2021年7月9日Netflixで配信開始
総エピソード:6話
出演:ピーター・ディングレンジ
ジャンル:ドキュメンタリー

解説

人々を支配するために必要なものとは何か。絶対的な権力を握るための戦略と特性の数々を、歴史に残る暴君たちから学ぶシニカルなドキュメンタリーシリーズ。

感想

評価:★★★★☆

 

ドイツのアドルフ・ヒトラーイラクサダム・フセインウガンダのイディ・アミン、ソ連ヨシフ・スターリンリビアのムアンマル・カッザーフィー、そして北朝鮮金正日金正男金正恩といった歴史上に残る暴君の仕事っぷりと体制作りを紹介しつつ、彼らはあるプレイブックを基に暴君になり、その本に則れば誰もが暴君になれるという体でのナレーションが面白い。

当たり前であるが、暴君はただ凶悪で傍若無人では務まらない。人の心を掌握するブランディングやスピーチ力、汚い部分を隠す隠蔽力やマスコミ操作、恐怖で人々を支配する拷問や虐殺、信頼できる腹心や右腕の存在。国民の上に立ち、人々を信じ込ませ団結させるにはどの暴君もエネルギッシュでカリスマ性を兼ね備えている。

その中でも三世代にわたって体制を維持し続ける北朝鮮はレジェンドだと位置づけられる。結局、自国と他国の状況を比較され暴かれれば国民に疑念が湧く。だからこそ外交を遮断し、渡航を制限し、そして外国には核兵器でいつでも攻撃できると脅かす。これが暴君の成し遂げた最終形態だと評価する。

組織の上に立つ人間も、どこかでは暴君でなければいけないのかもしれない。逆に暴君になるような人間をこのドキュメンタリーで早めに発見できるかも知れない。歴史を振り返る時に、このように魅力ある暴君を横軸に語り直すのは、とても面白い。

 

Amazon Prime Video 映画『観察者』感想(ネタバレあり)〜デ・パルマばりの、見る/見られる関係性の背徳感〜

Amazon Prime Videoオリジナル映画『観察者』ネタバレ含めた感想です。映画における「見る/見られる」関係性の背徳感と、どこで一線を越えてしまうかじっくりと観察するデ・パルマばりのエロティック・スリラー。

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作品情報

原題:The Voyeurs
製作年:2021年
製作国:アメリ
日本配信日:2021年9月10日Amazon Prime Videoで配信開始
本編尺:1時間56分
監督:マイケル・モーハン
出演:シドニー・スウィーニー、ジャスティス・スミスベン・ハーディ
ジャンル:スリラー

あらすじ

ある若いカップル(シドニー・スウィーニーとジャスティス・スミス)が、通りの向かいの住人(ベン・ハーディとナターシャ・リュー・ボルディッゾ)の性生活に興味を持ち始める。そんな中、その住人が浮気していることを知ってしまう。それをきっかけに無邪気な好奇心が、ゆがんだ執着心へと変わっていく。誘惑と欲望から彼らは面倒なことに巻き込まれていく。それが恐ろしい結末へとつながるのである。

感想

評価:★★★★☆

 

映画というのは「何かを見たい・覗きたい」という欲望をそのまま具現化したような媒体だ。しかも、暗闇の客席という誰にも邪魔されない特等席から、一方的に視線を送ることができる。だからこそ、映画における「見る/見られる」という関係性は、官能的であり、背徳的であり、また時に支配的であり、暴力的でもある。

本作は細かい設定の辻褄合わせは脇においておき、そんな欲望をダイレクトに掻き立てて見せる。隣のビルで連日連夜、美男美女がセックスしているのを見せつけてくる。見えるようにしているからといって、見ていいわけではない。いや、逆に露出癖があるのならば、見てあげたほうがいいのか。人間の底なしの欲望を掻き乱す。

浮気は良くないという正義と、自分もあそこで抱かれたいと思う欲望。前半でそんな相反する想いを体いっぱいに充満させたところで、文字通り一線を越えて、見ていた場所に自分がいるという究極的な背徳感を味わう後半は、もはやエクスタシーの極みだろう。

ビルを隔てた欲望のやり取り以外にも、例えば眼科に勤めている彼女が、視力や眼帯検査の機器ごしに向き合う場面の素晴らしさ。相手の眼球の奥底まで一方的に覗き込むときの双方の口元を官能的に映し出してみせる。或いは、モデルとカメラマンという「撮る/撮られる」の関係が、どこで一線を超えてしまうか。その一点をじっくりと観察していく。

そんなエロティックな場面を積み重ねながら、終盤に本作は「覗く/覗かれる」という関係を鮮やかに反転させることで、スリラーへと変貌させてみせる。このジャンルへの傾倒を含め、ブライアン・デ・パルマへの影響を猛烈に感じさせるが、特等席を与えて仕組まれた物語を見せ、誘惑して公に新たな物語を晒すというプライバシー権やリベンジポルノといった現代的な要素も織り込んだ着地も純粋に面白い。マイケル・モーハンという映画作家の今後の歩みが楽しみだ。

Amazon Prime Video 映画『シンデレラ』感想(ネタバレあり)〜コロナ禍のミュージカルと価値観のアップデート〜

Amazon Prime Videoオリジナル映画『シンデレラ』ネタバレ含めた感想です。コロナ禍のミュージカルと価値観のアップデートによって新たなシンデレラ像を作り上げようと試みた一作です。

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作品情報

原題:Cinderella
製作年:2021年
製作国:イギリス、アメリ
日本配信日:2021年9月3日Amazon Prime Videoで配信開始
本編尺:1時間52分
監督:ケイ・キャノン
出演:カミラ・カベロ、イディナ・メンゼル、ミニー・ドライバー
ジャンル:ミュージカル

予告編

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解説

ピッチ・パーフェクト」のケイ・キャノンが監督・脚本を手がけ、おとぎ話として誰もが知るシンデレラの物語を、1980年代から現代までの世界的大ヒットポップソングで彩りながら、新たに描いたミュージカル。米ガールズグループ「フィフス・ハーモニー」の元メンバーで、グループ脱退後にはソロアーティストとして躍進し、グラミー賞にもノミネートされたシンガーソングライターのカミラ・カベロが主演。真実の愛を求めるだけでなく、自分の夢を実現させるために邁進する新たなシンデレラ像を体現した。継母役を「アナと雪の女王」のイディナ・メンゼル、国王役をピアース・ブロスナン、女王役をミニー・ドライバー、王子役を「ハートビート」のニコラス・ガリツィンが演じる。

感想

評価:★★★☆☆

 

何度も映像化されている『シンデレラ』を現代で製作するにあたり、まず今までの『シンデレラ』とどのように差別化するかがポイントだろう。その意味では『ピッチ・パーフェクト』のスタッフと歌えるキャストを揃えてミュージカルに仕立てたことと、現代の価値観にアップデートさせようとする意図は見える。

各々の身分で同じような日常を繰り返すさまを、冒頭から同じリズムを刻むミュージカルシーンで軽快に描き、この世界を「リズム・ネイション」として活写していく。そんな各々が舞踏会に集結するまで歌で盛り上げていくのも楽しく、またラストのそれぞれが地に足のついた適所に着地するのを祝福する大団円的な場面は、コロナ禍だからこそ、大勢が歌って踊るミュージカルのありがたみがひときわ炸裂する。

また王族という家柄や結婚という価値観に囚われない、舞踏会で踊るなんて時代遅れで共感できないと言い放つ王子と、ガラスの靴は歩きづらいと脱ぎ捨て、幸せのゴールを結婚ではなく商売が成功することに設定するシンデレラ。互いへの愛や敬意があってこその結婚と、自由な生き方を謳歌しようとする姿は清々しい。

ただし、ゴッドマザーという有名なキャラクターを黒人男性に設定したものの、なりふり構わず魔法でどんなきらびやかなドレスも仕立て上げられるためにシンデレラの商売敵になってしまうのではという懸念や、王子に代わって王位を継承する娘が、それがあたかも適材適所であるかのような雑な描かれ方など、かなり粗も目立つ作品だと思う。