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Netflix映画『ムスタング』感想(ネタバレあり)〜劇場未公開が信じられないほどの、厳しくも温かな大傑作〜

Netflix映画ムスタングネタバレ含めた感想です。ひとりの受刑者と一頭の暴れ馬が寄り添うことでドラマが生まれる。劇場未公開が信じられないほどの厳しくも温かな傑作です。

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作品情報

原題:The Mustang
製作年:2019年
製作国:フランス、ベルギー
日本配信日:2021年9月15日Netflixで配信開始
本編尺:1時間36分
監督:ロール・ドゥ・クレルモン=トネール
出演:マティアス・スーナールツ、ジェイソン・ミッチェル、ブルース・ダーン
ジャンル:ドラマ

予告編

 

あらすじ

ローマン・コールマンはその短気な性格故にすぐに手が出るタイプであり、妻に暴行して重傷を負わせたために服役していた。ローマンは社会復帰のための懸命な努力を続けていたが、生まれ持った気質を改善するのは容易なことではなかった。ほどなくして、ローマンは牧場主のマイルズの下で職業訓練を受けることになった。そこでは、マイルズが組んだリハビリ・プログラムを受講することになった。そのプログラムはムスタングの調教を通して自身の人格を陶冶していくというものであった。ローマンは5週間後に売却される予定の馬を調教するように命じられた。

当初、ローマンは馬と上手く心を通わせることができなかったが、ベテランの調教師であるヘンリーの指導の下、徐々に馬と交流できるようになっていった。数週間後、ローマンは馬とすっかり心を通わせ、ヘンリーとも親しくなっていた。ローマンは馬にマーキスという名前を付けることにした。ところが、ここで予期せぬ事件が発生した。ローマンと同じ部屋で暮らすダンがヘンリーを殺してしまったのである。怒り狂ったローマンは友人の仇を討つためにダンを殺そうとしたが、そこにやってきた警備員の手によって取り押さえられた。

そうこうしているうちに、オークションの日がやって来た。ローマンは関係改善の糸口を探るべく、娘のマーサを会場に招待したのだが、会場に彼女の姿はなかった。そのことに気を取られたばかりに、ローマンはヘリコプターの音に驚いたマーキスに適切な対処を取ることができず、そのまま落馬してしまった。ローマンは危うくマーキスに踏みつけられるところだったが、駆けつけた他の調教師のお陰で事なきを得た。マイルズはマーキスの調教が上手く行かなかったと判断し、彼を安楽死させることにした。それを知ったローマンは雨風でボロボロになっていた施設の門を壊し、マーキスを牧場の外へ逃がしてやった。

しばらくして、ローマンはマーサから手紙を受け取った。マーサは出所する意欲を失った父を心配しており、産まれたばかりの赤ん坊と自分が一緒に写った写真を送ってきたのである。その手紙には「近いうちに貴方の孫の顔を見せに行きます」と書いてあった。手紙を読み終わったローマンがふと施設の門に目をやると、そこにはマーキスの姿があった。マーキスの元気な姿を見た瞬間、ローマンの顔には久々の笑顔が浮かぶのだった。

感想

評価:★★★★☆

 

ムスタングとは

本作のタイトルにもなっている「ムスタング」とは野生化した馬のことで、アメリカには10万頭以上いて、連邦政府は数千頭を捕獲し、その中の数百頭は刑務所で受刑者の手で調教された後に競売にかけられ、そのほとんどが警察に買われ、一部の馬は国境警備にあたるという現実があります。またその売上金は野生のムスタングを保護するプログラムの資金に当てられるそうです。

本作の中心になるのはマスタングのマーカスと、マーカスを調教することになる懲役12年の受刑者ローマン・コールマンです。刑務所内でも人付き合いが苦手で独居房から戻りたくないローマンと、一頭だけ別場所に閉じ込められている暴れ馬のマーカス。映画の序盤で二人の置かれた境遇や性格に共通点があることが示されます。

 

誰かに寄り添うぬくもり

そんなローマンはマーカスを殴って言うことを聞かそうとしますが、暴れ馬のマーカスも負けずに抵抗します。言うことを聞かそうとする人間と、それを聞こうとしない馬との根比べ。そんな日々を過ごすうちに、ローマンはマーカスを気にし始めます。独居房のわずかな窓から馬の様子を見る、あるいはその窓から差し込む僅かな光で馬の雑誌を読むローマン。台詞で説明せずとも、彼の想いが十二分に伝わる的確な演出が全編で冴え渡っています。

そして喧嘩をするようにマーカスを罵って疲れ切って座るローマン。ここで座っている彼をフィックスのカメラが捉え、暫くしてフレームの外からマーカスが登場し、互いが寄り添う場面だけでも本作がいかに傑作なのかが分かります。誰かに寄り添うぬくもりを忘れていた両者が1つの画面に収まり、涙を浮かべるローマンの表情も相まって、実に感動的な名場面になっています。

 

厳しさの先にある温かさ

馬に認められ、それによって周囲に認められるマーカスは、自らも変わろうとします。更生プログラムに参加し、刑務所内で殺された仲間の敵を討とうとし、そして自らのせいで長年苦しめ続けている娘との関係を修復しようとします。

ですが、娘は馬に乗ると何か変わるのかと言い放ち、誘った競売にも姿を現すことはありません。それはおろか、娘がいないかと気を取られているうちにマーカスは暴れ始め、ローマンは落馬し負傷、プログラム自体も中止、マーカスは安楽死させられることになってしまい、ローマンはマーカスを逃します。

いつもの独居房に戻ってしまったローマン。ですが、誰かのために行動し、周囲と関係を構築しようと変わった彼に、少しだけ明るい光が差し込んでいるように見えます。馬を気にかけて覗いていたわずかな隙間の外から、今度はマーカスが立ち止まって覗き返す姿のなんと美しく、神々しく、感動的なことでしょうか。映画は最小限の台詞さえあれば、わずかな範囲な物語でも、ここまで人を感動させることができると改めて証明してみせた傑作だと思います。これが劇場未公開なんて信じられません!