RICKのしまシネマ 

映画館のない離島から、NetflixやAmazonプライムビデオの新作配信映画を中心に爆速レビュー!

2021年新作映画ベストテン

2021年に鑑賞した新作映画ベストテンです。
3月に映画館のない離島に移住したこともあり、ほとんど配信で観たものばかりですが、観た作品数自体は増えた一年でした。

 

<洋画>
①クイーン&スリム(Netflixで配信中)

アメリカン・ニューシネマのような黒人の男女による逃避行であり、今年最高のラブストーリー。これが日本では劇場未公開なんて信じられない。

f:id:rick4455:20211231104233j:plain

 

②パワー・オブ・ザ・ドッグ(Netflixオリジナル)

「男らしさ」の脆さを極限まで描いた大傑作。来年のアカデミー賞で主要部門を総ナメにしてもおかしくない圧倒的な映画。

f:id:rick4455:20211231104142j:plain

 

③tick, tick... BOOM! : チック、チック…ブーン!(Netflixオリジナル)

夢を追い求め続けるか、それとも堅実な人生に舵を切るか。その境目となる30歳という時限爆弾に怯える男の、人生讃歌ミュージカル。

f:id:rick4455:20211231104345j:plain

 

④ドント・ルック・アップ(Netflixオリジナル)

彗星が地球に衝突する未来を目の前にした人間たちの滑稽な姿。悲観と楽観と茶番がゴチャ混ぜの、コロナ禍であたふたする全世界に向けた皮肉が痛快。

f:id:rick4455:20211231104412j:plain

 

⑤隔たる世界の2人(Netflixオリジナル)

不条理で危険な「無理ゲー」な世界を追体験させながら、日常の問題と接続してみせる。アイデアに心底驚かされる「タイムリープもの」の新たな傑作短篇。

f:id:rick4455:20211231104440j:plain

 

⑥明日への地図を探して(Amazonプライムビデオオリジナル)

こちらも「タイムリープもの」のジャンルに、ロールプレイング的な要素を掛け合わせた、ボーイミーツガールものの新たな傑作。特に冒頭の素晴らしさは今年イチ。

f:id:rick4455:20211231104513j:plain

 

⑦少年の君

映画としてのクオリティで言えば「パワー・オブ・ザ・ドッグ」と引けを取らない。中国映画のレベルの高さを、今年も思い知らされた。

f:id:rick4455:20211231104601p:plain

 

⑧ミッチェル家とマシンの反乱(Netflixオリジナル)

アニメはディズニーやピクサーだけじゃない。情報化社会を茶化しつつ、家族が一致団結していく胸熱展開の数々。面白すぎて涙が出てくるファミリー映画。

f:id:rick4455:20211231104653j:plain

 

⑨PASSING 白い黒人(Netflixオリジナル)

世間の目に怯える黒人たちの心の有り様を、エレガンスな白黒画面と目線の演出で的確に浮かび上がらせる。これが監督デビュー作なんて末恐ろしい。

f:id:rick4455:20211231104711p:plain

 

⑩Untold:慢心と失墜のアイスホッケー(Netflixオリジナル)

マフィアの父親にホッケーチームを買い与えられた17歳のドラ息子が、問題児たちをカネで集めて悪党軍団を作り上げていく。今年一番面白かったドキュメンタリー。

f:id:rick4455:20211231104729j:plain

 

<邦画>
①花束みたいな恋をした
調布からほど近くの多摩川沿いに住み、明大前で趣味の話で盛り上がって居酒屋でオールするような学生生活を送ってきた身としては、尋常じゃない刺さり方をした特別な一作。

f:id:rick4455:20211231104746p:plain

 

②シン・エヴァンゲリオン劇場版:Ⅱ(Amazonプライムビデオで配信中)

孤高の映画作家が身を切ってシリーズを終わらせようとする覚悟。四半世紀連れ添った我が子のようなエヴァと、生みの親である庵野の捻れた愛憎と迫力にただただ圧倒された。

f:id:rick4455:20211231104810p:plain

 

③空白

現代に蔓延る「正しさ」の強要による副作用を、圧倒的な真実味を持って描いた大傑作。すべての登場人物をここまで深く描写する吉田恵輔の手腕に改めて脱帽。

f:id:rick4455:20211231104831p:plain

 

④すばらしき世界

俠気と醜く理不尽な世間との間で葛藤する瞬間湯沸かし器のような男。役所広司の凄みに圧倒される、西川美和の最高傑作。

f:id:rick4455:20211231104848p:plain

 

⑤まともじゃないのは君も一緒(Netflixで配信中)

成田凌と清原果耶のまるで素のような会話劇の圧倒的な面白さと、ある一定の価値観を押し付けない作り手のバランス感覚が光る。

f:id:rick4455:20211231104911j:plain

 

⑥あのこは貴族

日本の階級やヒエラルキーを真正面から描きながら、単純な二項対立の図式に当てはめず、女性たちがそれぞれ行き場を見つける物語として語りきったネクストレベルの傑作。

f:id:rick4455:20211231104932j:plain

 

浅草キッド(Netflixオリジナル)

過度にノスタルジックでベタでお涙頂戴かもしれない。だが、柳楽優弥大泉洋による弟子と師匠の血の通ったやり取りと、もう戻らない時間や場所を愛おしむラストの長回しに涙腺決壊。

f:id:rick4455:20211231104946j:plain

 

⑧街の上で(Netflixで配信中)

人はどの時点から相手を「好き」だと思うようになるのか。新作を作るたびにベストテン級の映画を量産する恋愛映画の名手・今泉力哉による、新たな恋愛観測劇の傑作。

f:id:rick4455:20211231105000j:plain

 

⑨BLUE ブルー(Netflixで配信中)

挑戦者であり、敗者であり続ける青コーナー。責任と覚悟を伴うボクシング人生の終わりと夢を追った証を身体に刻み込んだ男たちの、静謐で熱き物語。

f:id:rick4455:20211231105020p:plain

 

⑩哀愁しんでれら

絵に書いた「幸せ」という呪いに囚われた転落劇であり、毒っ気たっぷりのおとぎ話。賛否両論の作品だが、アプローチの新鮮さが面白い。

f:id:rick4455:20211231105037j:plain

 

また、離島だとどうしても公開後に少し経ってからしか新作映画を観れないというハンデがあり、そこだけが映画ファンとしては残念なところです…。
もし昨年公開時に観ていたら、確実にベスト5には入っていた傑作も最後に載せておきます。

<洋画>
①燃ゆる女の肖像
②ブルータル・ジャスティス(Amazonプライムビデオで配信中)
③EXIT(Netflixで配信中)

<邦画>
①のぼる小寺さん(Netflixで配信中)
②海辺の映画館 キネマの玉手箱(Netflixで配信中)
③音楽(Netflixで配信中)

映画『空白』感想(ネタバレあり)〜「正しさ」の副作用に苦しめられる人間たちが見る景色〜

映画『空白』ネタバレ含めた感想です。現代に蔓延る「正しさ」の強要による副作用を圧倒的な真実味を持って描いた、今年度の日本映画を代表する大傑作。

f:id:rick4455:20211111223639j:plain

(C)2021「空白」製作委員会

作品情報

製作年:2021年
製作国:日本
公開日:2021年9月23日
本編尺:1時間47分
監督:吉田恵輔
出演:古田新太松坂桃李田畑智子、藤原季節、片岡礼子寺島しのぶ
ジャンル:ドラマ

予告編

youtu.be


解説

「ヒメアノ~ル」の吉田恵輔監督によるオリジナル脚本作品で、古田新太主演、松坂桃李共演で描くヒューマンサスペンス。悪夢のような父親・添田を古田、彼に人生を握りつぶされていく店長・青柳を松坂が演じ、「さんかく」の田畑智子、「佐々木、イン、マイマイン」の藤原季節、「湯を沸かすほどの熱い愛」の伊東蒼が共演。

あらすじ

女子中学生の添田花音はスーパーで万引しようとしたところを店長の青柳直人に見つかり、追いかけられた末に車に轢かれて死んでしまう。娘に無関心だった花音の父・充は、せめて彼女の無実を証明しようと、事故に関わった人々を厳しく追及するうちに恐ろしいモンスターと化し、事態は思わぬ方向へと展開していく。

感想

評価:★★★★★

今年の東京国際映画祭でも特集された監督・吉田恵輔。『さんかく』『ばしゃ馬さんとビッグマウス』『麦子さんと』『銀の匙』といった一見ライトでハートウォーミングな作品でも、人間たちへの鋭い洞察や毒っ気に思わずハッとさせられたが、その後の『ヒメアノ〜ル』『犬猿』『愛しのアイリーン』『BLUE ブルー』といった硬派な衝撃作の数々でいよいよそれは鋭さを増し、そして本作は吉田監督のキャリアの中でも代表作となるような傑作であることは間違いないだろう。

ポリティカル・コレクトネス、自粛警察が象徴するような現代に蔓延る「正しさ」の強要。それは他者への共感能力を停止させ、それぞれの「正義」を押し付け合うことで、互いを非難することでしか関わりを持てなくなる社会の空気を作り上げてしまう。本作はそんな「正しさ」の副作用に振り回され、摩耗し、疲弊し、苦しめられる人間たちが、それでも人として懸命に生きようとする姿を描いてみせる。

主演の古田新太が亡き娘と同じ風景に出会い、涙し、追悼する様。怒鳴り散らし、一見身勝手にも見える海の男を、怪物として突き放すのではなく、それでも血の通った人間として描いてみせる。そのうえで本作が素晴らしいのは、登場するどのキャラクターたちも血が通った人間として描き切るフェアな視点であり、もっと尺を延ばしたら演技的な見せ場になりそうな場面でも、過剰でセンチメンタルになる前にシーンを切り上げる演出と脚本が光っている。

人間は生きている以上、いつどこで運命が狂わされるか分からない。そんな悲惨な状況で人はどのように心の晴れない景色と折り合いをつけ、踏ん切りをつけ、自分や世界を見つめ、一歩を踏み出そうとするのか。人間の心を壊していく光景があると同時に、人間の心をフッと軽くしてくれるような光景もまた同時に本作では描かれる。その誠実さや繊細さが積み重なるからこそ、絶望の先の景色に圧倒的な真実味が生まれるのだ。

 

shimacinema.hatenablog.com

shimacinema.hatenablog.com

shimacinema.hatenablog.com

 

Netflix映画『悪夢は苛む』感想(ネタバレあり)〜いかなる時でも親は我が子を信じてあげられるか〜

Netflixオリジナル映画『悪夢は苛む』ネタバレ含めた感想です。外界から身体の内側に入りこむ虫酸が走るような感覚を散りばめながら、親と我が子の信頼関係を考察してみせる奇妙な味わいの一作。

f:id:rick4455:20211017162741j:plain

作品情報

原題:Distancia de rescate
製作年:2021年
製作国:アメリカ・チリ・ペルー・スペイン・アルゼンチン
日本配信日:2021年10月13日Netflixで配信開始
本編尺:1時間33分
監督:クラウディア・リョサ
出演:マリア・バルベルデ、ドロレス・フォンシ、ヘルマン・パラシオス
ジャンル:サスペンス

予告編

youtu.be

あらすじ

夏の間だけ町に滞在している女性と地元の住民という、2人の若い母親が出会う。やがて彼女たちの関係から、迫り来る環境災害と精神の危機が明らかになってゆく。

感想

評価:★★★☆☆

本作はとても癖のある語り口の映画だ。アマンダという女性から見た現実の世界を、彼女とダヴィドという少年がまるで副音声で解説しているように反芻する。しかも、好きなところから再生・停止できるようなビデオ的な感覚のストーリーテリングであり、それ故、同じような断片が繰り返し映し出されたり、細部に目を凝らすことが重要だとメタ的な視点で示されたりと、とにかく難解な印象は受ける。

だが、本作の軸となるものは至ってシンプルだ。それは、いかなる時でも親は我が子を信じてあげられるか、ということだ。たとえ怪しげな呪術によって病気が治る代償として、かつての我が子ではない佇まいで、まるで羊水から再び生まれてきたように戻ってきても、そんな我が子を抱きしめて受け入れてあげられるのか。それが終始問われている。日常的に親が我が子の救える距離とリスクを瞬時に計算していても、その計算している物差し自体が狂ってしまうような事態を目の前にし、母親は狼狽えていく。

人体に影響を及ぼすものが世の中には溢れていると言われているが、実際にそれが人間の身体の中でどのように悪影響を及ぼすのか、いまいち実感が湧かない。それを農薬や虫といったものや、馬や人間の生殖活動といったような、外界から身体の内側に入りこむ虫酸が走るような感覚を散りばめることで、精神が錯乱するような状態に陥らせようとする一方で、それを主観的ではなく、ナレーションを交えて客観的に考察することで物語のバランスを取ろうとした、奇妙な味わいの実験作だ。

Netflixドキュメンタリー映画『コンバージェンス: 危機のなかの勇気』感想(ネタバレあり)〜国家の分断はウイルスが付け入る隙になる〜

Netflixオリジナルのドキュメンタリー映画『コンバージェンス: 危機のなかの勇気』ネタバレ含めた感想です「国家の分断はウイルスが付け入る隙になる」という印象的な言葉の通り、今まで政府や行政が見て見ぬふりをしてきた問題の顕在化を描き出す。

f:id:rick4455:20211017154350j:plain

作品情報

原題:Convergence: Courage in a Crisis
製作年:2021年
製作国:アメリカ、イギリス
日本配信日:2021年10月12日Netflixで順次配信開始
本編尺:1時間53分
ジャンル:ドキュメンタリー

予告編

youtu.be

あらすじ

新型コロナウイルスのまん延で、世界中であらわになった社会のひずみ。より良い未来に向けて、社会の隅々で闘う名もなきヒーローたちの姿を追うドキュメンタリー。

感想

評価:★★☆☆☆

新型コロナによって逼迫する世界中の医療現場。本作はそこで患者を診察する医師ではなく、病院で働く清掃員や、病院に行けない人々を送迎するボランティアやソーシャルワーカーの活躍にスポットを当てる。縁の下で社会の混乱を支える人々に焦点を当てるという意味では、フィクション映画ではあるが、ベン・スティラー監督の傑作『LIFE!』といった作品が頭に浮かぶ。

そこから浮かび上がるのは、今まで政府や行政が見て見ぬふりをしてきた問題の顕在化だ。見捨てられたスラム街、街のために医療従事する難民や移民、公衆衛生教育の失敗。命の危険を冒してまで医療現場で働いているにも関わらず、保険の対象から除外されれ、患者もコロナで死んだら、その家族は在留許可が取れない。機能しない行政に頼ることなく、自ら行動を起こす人々の尊さは胸に迫るものがある。

「国家の分断はウイルスが付け入る隙になる」という印象的な言葉の通り、混沌とした世界の社会的な病理も浮かび上がらせた後、本作は見捨てられた人々の声を「連帯」という形で世の中に提示する様を映し出す。だが、コロナという終わりの見えない闘いを描きながらも、その問題を中途半端に切り上げて主張を押し通す構成は、ドキュメンタリーとしてはスマートではないようにも思う。

 

shimacinema.hatenablog.com

shimacinema.hatenablog.com

 

Netflix映画『THE GUILTY/ギルティ』感想(ネタバレあり)〜オペレーターが左遷された理由〜

Netflixオリジナル映画『THE GUILTY ギルティ』ネタバレ含めた感想です。オリジナル版の巧妙な密室サスペンスとしての面白さはありつつ、昨今問題になっている警察の職権乱用にも釘を刺す一作。

f:id:rick4455:20211017144713j:plain

作品情報

原題:THE GUILTY
製作年:2021年
製作国:アメリ
日本配信日:2021年10月1日Netflixで配信開始
本編尺:1時間31分
監督:アントワン・フークア
出演:ジェイク・ギレンホールイーサン・ホーク、ライリー・キーオ
ジャンル:サスペンス

予告編

youtu.be

あらすじ

電話から聞こえる声と音だけで誘拐事件を解決するという、シンプルな設定と予測不可能なストーリー展開で高い評価を獲得した同名デンマーク映画を、ジェイク・ギレンホール主演・製作でアメリカを舞台にリメイク。911緊急通報センターに勤務するコールオペレーターのジョー・ベイラーは、1本の謎の電話から、通報者の女性が何者かに拉致されたことを予測する。電話から聞こえてくる声と音だけを頼りに彼女を助けようとするジョー。しかし、次第に何もかもが自分の思っていることとは違っていることに気づき…。

感想

評価:★★★☆☆

オペレーター室で全編が展開する本作は、電話口からの声や音など外部からの情報が限られているが故に、繰り広げられている光景を瞬時に脳内で想像し、状況を好転させるべく動かなければならないサスペンスが軸となる。そして情報が限られているからこそ、人間の先入観が浮き彫りになり、足枷として機能し物語が二転三転していく様が面白い。

さらに観客は左遷され最後の日を過ごすこのオペレーターと同じような状況に置かれる一方で、この主人公は一体どのような人物なのかという不安にも襲われる。だからこそ、次にどのような決断を下すのか読めないサスペンスも同時に生まれる。彼の時より見せる荒っぽい言動のひとつひとつや、情報の出し方や順序が非常に巧みに練られており、作り手の手腕が光る。掛かってくる電話をスイッチングで捌きつつ、情報収集して断片から物語を組み立てるテンポの良さもいい。

そしていよいよ事件の全貌と、リメイク版である本作ならではの主人公が抱える過去のが明らかになった、その交点にクライマックスを持ってくる。だが、罪の意識に苛まれ改めて自分と向き合うからこそ、そこで下す決断と事件の行く末に真実味が生まれるものの、未成年の少年を銃殺したという昨今問題になっている警察の職権乱用を告白するという結末を導くために、事件をダシに使ったようにも見える。

映画『青くて痛くて脆い』感想(ネタバレあり)〜「ヤマアラシのジレンマ」に悩み続ける人間関係〜

映画『青くて痛くて脆い』ネタバレ含めた感想です。「ヤマアラシのジレンマ」という言葉に代表される、世の中を生きる上での人間と人間の距離感から生じる痛みや温もりを鋭角に描き出した青春映画の秀作。

f:id:rick4455:20211003201450j:plain

(C)2020「青くて痛くて脆い」製作委員会

作品情報

製作年:2020年
製作国:日本
公開日:2020年8月28日
本編尺:1時間58分
監督:狩山俊輔
出演:吉沢亮杉咲花岡山天音松本穂香
ジャンル:青春

予告編

youtu.be


解説

実写とアニメで映画化された「君の膵臓をたべたい」の住野よるの同名青春サスペンス小説を、吉沢亮杉咲花主演で映画化。

あらすじ

コミュニケーションが苦手で他人と距離を置いてしまう田端楓と、理想を目指すあまり空気の読めない発言を連発して周囲から浮いている秋好寿乃。ひとりぼっち同士の大学生2人は「世界を変える」という大それた目標を掲げる秘密結社サークル「モアイ」を立ち上げるが、秋好は「この世界」からいなくなってしまった。その後のモアイは、当初の理想とはかけ離れた、コネ作りや企業への媚売りを目的とした意識高い系の就活サークルへ成り下がってしまう。そして、取り残されてしまった田端の怒りや憎しみが暴走する。どんな手段を使ってもモアイを破壊し、秋好がかなえたかった夢を取り戻すため、田端は親友や後輩と手を組んで「モアイ奪還計画」を企てる。

感想

評価:★★★★☆

本作で描かれているのは、ヤマアラシのジレンマ」という言葉に代表される、人間と人間の距離感についてだ。針毛に身を包むヤマアラシ同士が体を寄せ合えば、お互いの針毛で相手を傷つけてしまうことになるように、人間関係においても、相手に近づきたいけど、傷つけてしまう・傷つけられる可能性があるから近づけない。

吉沢亮もそれを人生のポリシーにしている。自分の言動で相手を不快にさせる可能性があるからこそ、不用意に人に近づきすぎず、人の意見も否定しない。そうすれば、人を傷つけることもなく、その人から傷つけられることもなく、結果的に自分を守ることになる。そうやって生きづらい世の中で、息ができる場所を確保している。人との距離感を的確に掴んで生きる生き方も、確かに悪くない。

一方で、積極的に相手の懐に飛び込み、交友関係を拡げようとする人間もいる。それが本作の杉咲花だ。生きづらい世の中であるならば、その世の中自体を変革しようと声高に主張し、主体的に動ける人間だ。そんな水と油のような吉沢亮杉咲花人間関係の距離の捉え方、自己肯定感、生きる上での大義といったものの違いで互いに摩耗し、非難し、拒絶し合いながらも、根本では人を渇望するジレンマを、青臭さと痛みと弱さをもって描いた本作は、心に鋭角に突き刺さるものがある。

政治活動や就職活動といった主体性を持って世間と対峙する場。あるいは、SNSといった匿名性が担保された安全圏で世間と対峙する場。世の中には対峙しなければならない場がいくつもあり、その中で本当の自分が出せる場なんて一握りだろう。そんな中で、待ち合わせの場のような大切な場所があることがどれだけ幸せなことか。そして、そんな思い出にいつまでも安住したい気持ちを断ち切って、またしても傷つきながら新たな場で人間や世間と対峙するのがどんなに恐ろしいことか。

人は誰かを間に合わせにして生きている。それだけ聞くと、情がない生き方のように感じなくもない。だが、その時は誰かに必要とされていたことで十分なんじゃないかという考え方は、自己肯定感を上げ、生きづらい世の中で息をするにあたって、とても大事な考え方のように感じる。

Netflixオリジナル『ハリウッドを斬る! ~映画あるある大集合』感想(ネタバレあり)〜ハリウッド映画が積み上げてきた歴史とイメージの固定化〜

Netflixオリジナル『ハリウッドを斬る! ~映画あるある大集合』ネタバレ含めた感想です。お決まりの描写にツッコミを入れながら、ハリウッド映画が積み上げてきた歴史と、危険を及ぼすイメージの固定化を紹介する楽しい一作。

f:id:rick4455:20211002200938j:plain

作品情報

原題:Attack of the Hollywood Cliches!
製作年:2021年
製作国:アメリ
日本配信日:2021年9月28日Netflixで配信開始
本編尺:58分
出演:ロブ・ロウ、フローレンス・ピュー、アンドリュー・ガーフィールド
ジャンル:バラエティ

予告編

youtu.be

あらすじ

一匹狼(おおかみ)、素敵な出会い、爆発寸前の時限爆弾など。ハリウッド映画でお決まりの展開や"あるある"シーンについて、大物スターや業界関係者が深掘り解説。

感想

評価:★★★★☆

映画にはお決まりの展開がある。映画はフィクションであり、だからこそ現実とはかけ離れた定番が無数にある。それをリアリティがないと断罪するのは簡単だが、一方でそれはハリウッド映画の各ジャンルが試行錯誤して積み重ねてきた歴史でもある。

例えば、ロマコメの普通じゃない男女の出会い方、しつこく女性を誘う男性、それが逆になればストーカーやサイコパスとして描かれる。刑事は型破りが多く、バッジと銃が大好きで、退職日に殉職しがち。アクションでは敵を殺した後に捨てゼリフを吐き、格闘するときは敵は律儀にひとりずつ現れる。ホラーでは飼い猫や鏡を多用したフェイントで怖がらせ、ファイナルガールが悪と対峙する、といったようなものだ。

これらは作り手と観客が無意識に共有しているルールだ。突っ込みどころであり、映画そのものの愛嬌であり、それらの描写があると待ってましたという歌舞伎感さえある。本作はそれを愛あるイジりで紹介しているのがいい。

一方で、多様性という名目でチームに女性を入れることが逆に男性の視線にさらされることになる。白人の救世主としてマジカルにグロと呼ばれる黒人が登場する。同性愛者は病気で死にがち、顔が見にくく傷跡があれば悪役になりがちだ。

それらは女性や人種といったイメージを固定化する危険性もある。それは長年ハリウッドが押し付けてきた役割だろう。近年は意識的に様々な人種や性別のキャラクターを登場させる映画も増えてはいるものの、ただ登場させて手に余らせている場合や、逆に作り手の差別的な意識が潜在的に現れてしまっているものもある。それをひっくるめて、ハリウッドが積み上げてきた歴史と、これからのハリウッドの指標のようなものを改めて感じられる参考書のような楽しい一作。

 

 

shimacinema.hatenablog.com

 

Amazon Prime Video 映画『バーズ・オブ・パラダイス』感想(ネタバレあり)〜一緒にゴールテープを切る誓いはどこまで続くのか〜

Amazon Prime Videoオリジナル映画『バーズ・オブ・パラダイス』ネタバレ含めた感想です。仲良し二人組が一緒に手を繋いでかけっこのゴールテープを切ると約束しながら、目の前にニンジンをぶら下げたら、その友情や誓いは一体どこまで続くのか。

f:id:rick4455:20211001210158j:plain

作品情報

原題:Birds of Paradise
製作年:2021年
製作国:アメリ
日本配信日:2021年9月24日Amazon Prime Videoで配信開始
本編尺:1時間53分
監督:サラ・アディナ・スミス
出演:クリスティン・フロセス、ダイアナ・シルバーズ、キャロライン・グッドオール
ジャンル:ドラマ

あらすじ

ケイトは大きな夢を抱いている。その夢を叶えるため奨学金をもらい、パリの格式高いバレエ学校に入学。到着早々、彼女の実力を同級生のマリーンに試される。マリーンは双子の兄弟を亡くしたばかり。最初は対立する2人だが、しだいに心を通わせるようになり良きライバルとなっていく。ウソや性の目覚めに翻弄されつつも、すべてを犠牲にして、パリのオペラ座バレエ団入団の切符を賭けて闘う。

感想

評価:★★☆☆☆

パリのオペラ座バレエ団入団のひとつのイスをめぐっての徹底的な競争世界を愛憎交えて描き出す。ライバルを蹴落とそうとする前半から、あなたを蹴落としてまで勝ちたくないという聖なる誓いを立てる後半の転調。それは仲良し二人組が一緒に手を繋いでかけっこのゴールテープを切ると約束しながら、目の前にニンジンをぶら下げたらその友情や誓いはどこまで続くのかと試されている葛藤やスリルがある。

序盤にアメリカ人のケイトは出鼻をくじかれる。アメリカでは高さと力強さだけで評価されたかもしれないが、パリでは女性らしさが求められるから勘違いするな。その言葉はダンスの表現方法だけではない。パトロンやスポンサーのお眼鏡にかなう女性なのか、性の対象として品定めされる。

女性らしさを求められ、賞を撮る以外にゴールが設定されない物差しをぶち壊そうとする意志は、最終審査での二人の言動やダンスに集約され、その先の成功と自由の対比もエピローグとして描かれる。そんな分かりやすい展開で色々なことを謳い上げようとするあまり、映画的な盛り上がりやカタルシスや問題提起が整理できていない印象を受ける。

ドラッギーな映像表現や、抽象的な暗黒の舞台上で舞踏するシルエットなど、映像の見せ方や画面設計は趣向が凝らされている。だが、ドラッグ、セックス、ダンスという日常のループや同性愛的な場面など、家柄やカネがモノをいう欲望と競争の世界を彩る各要素に目新しさは感じられないのが物足りない。

 

shimacinema.hatenablog.com

shimacinema.hatenablog.com

shimacinema.hatenablog.com

 

Amazon Prime Video 映画『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』感想(ネタバレあり)〜音が消えてなくなることで、見えてくる世界〜

Amazon Prime Videoオリジナル映画サウンド・オブ・メタル 聞こえるということネタバレ含めた感想です。主観と客観で聞こえる音を繊細に描き分け、完全に音が消えてなくなることで、見えてくる世界を体感させる脅威の演出は圧巻。

f:id:rick4455:20211001201121j:plain

(C)2020 Sound Metal, LLC. All Rights Reserved.

作品情報

原題:The Mad Women's Ball
製作年:2019年
製作国:アメリ
日本配信日:2020年12月4日Amazon Prime Videoで配信開始
本編尺:2時間
監督:ダリウス・マーダー
出演:リズ・アーメッド、オリヴィア・クック、ポール・レイシー
ジャンル:ドラマ

解説

「ヴェノム」「ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー」のリズ・アーメッドが主演を務め、聴覚を失ったドラマーの青年の葛藤を描いたドラマ。共演に「レディ・プレイヤー1」のオリビア・クック、テレビシリーズ「ウォーキング・デッド」のローレン・リドロフ、「007 慰めの報酬」のマチュー・アマルリック。監督・脚本は「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ 宿命」の脚本家ダリウス・マーダー。Amazon Prime Videoで2020年12月4日から配信。第93回アカデミー賞で作品、主演男優、助演男優など6部門にノミネート。編集賞と音響賞の2部門を受賞。日本では2021年10月に劇場公開。

あらすじ

ドラマーのルーベンは恋人ルーとロックバンドを組み、トレーラーハウスでアメリカ各地を巡りながらライブに明け暮れる日々を送っていた。しかしある日、ルーベンの耳がほとんど聞こえなくなってしまう。医師から回復の見込みはないと告げられた彼は自暴自棄に陥るが、ルーに勧められ、ろう者の支援コミュニティへの参加を決意する。

感想

評価:★★★★★

まばたきによってしか自分の意思を伝えられない主人公の主観で描かれる潜水服は蝶の夢を見るという映画があったが、本作は耳が聞こえなくなっていくバンド男を主観と客観で聞こえる音を繊細に描き分けながらストーリーを進めていく。

映画でメタルバンドを描くと、反社会的で自堕落で自己破壊的な人物像になりがちだが、本作の主人公は彼女よりも早起きし、筋トレし、スムージーを作るルーティーンが描かれるように、非常に健康的だ。だからこそ、そのショックは計り知れない。

耳が聞こえなくなるというのは、耳が聞こえるか、完全に聞こえないか、という10ゼロの世界ではない。声は聞こえるが聞き取れない、通常よりも高い音に聞こえる、音にいちいちノイズが入ったり、こもる感じで聞こえるといった、微妙な匙加減を観客にも追体験させることで、主人公の内に籠った焦燥感や苛立ち、未知の世界に飛び込んでいくしかない恐怖がひしひしと自分事のように迫ってくる。

本作のラストも素晴らしい。耳が聞こえなくなっていく男が、都会の喧騒の中で補聴器を取る。そこで本編で初めて完全に音が消えてなくなることで、静寂をポジティブに描いてみせる。聾唖者と過ごした日々や、そこで得た人生の価値。どこにいても、それを思い出させてくれ、また自分の居場所を感じることができる。静寂を勝ち取った彼の人生は、決して回り道ではなく、未来へと拓かれているように思える傑作だ。 

 

 

shimacinema.hatenablog.com

shimacinema.hatenablog.com

shimacinema.hatenablog.com

 

映画『くれなずめ』感想(ネタバレあり)〜暮れそうでなかなか暮れない青春〜

映画『くれなずめ』ネタバレ含めた感想です。暮れそうでなかなか暮れない青春を最後に謳歌し成仏させようとする男たちの泥臭く青々しい悪あがき。

f:id:rick4455:20210928173820j:plain

(C)2020「くれなずめ」製作委員会

作品情報

製作年:2021年
製作国:日本
公開日:2021年5月12日
本編尺:1時間36分
監督:松居大悟
出演:成田凌若葉竜也、浜野謙太、藤原季節、高良健吾
ジャンル:ドラマ

予告編

youtu.be


解説

「アズミ・ハルコは行方不明」「君が君で君だ」の松居大悟監督が、自身の体験を基に描いたオリジナルの舞台劇を映画化6人の仲間のうち、主人公・吉尾和希を成田凌、舞台演出家として活躍する藤田欽一を高良健吾、欽一の劇団に所属する舞台俳優・明石哲也を若葉竜也、後輩で唯一の家庭持ちであるサラリーマン・曽川拓を浜野謙太、同じく後輩で会社員の田島大成を藤原季節、地元のネジ工場で働く水島勇作を目次立樹がそれぞれ演じる。

あらすじ

高校時代に帰宅部でつるんでいた6人の仲間たちが、友人の結婚披露宴で余興をするため5年ぶりに集まった。恥ずかしい余興を披露した後、彼らは披露宴と二次会の間の妙に長い時間を持て余しながら、高校時代の思い出を振り返る。自分たちは今も友だちで、これからもずっとその関係は変わらないと信じる彼らだったが…

感想

評価:★★☆☆☆

「くれなずむ」という言葉は、完全に日が暮れそうでなかなか暮れないでいる状態を指す。本作で言えば、その「日」は成田凌ということだろう。5年ぶりに再会し馬鹿騒ぎをする男どもは、忘れられそうで忘れられない成田凌という存在を自分の中から成仏させるために、そしてみっともない自分の青春を精算するために、5年前をなぞってみせる。

リハーサルや余興や二次会という本番ではない場にスポットライトを当てつつ、社会の片隅でダルくもがく男たちにとって、暮れそうでなかなか暮れないでいる「青春」を最後に謳歌しているようにも見える。彼らが「暮れなずめ」と断腸の思いで願っていることは、必死に前を向き、生きづらい今を生きようとしている証だ。ただ青春をノスタルジックに振り返ろうとすることを強制的に避けようとしているのには好感が持てる。

だが、コントや踊りを交えた終盤の跳躍によって、本作のリアリティライン自体が崩れてしまうのが気になる。『アズミ・ハルコは行方不明』『君が君で君だといった松居大悟作品と同様に、物語が跳躍することでのカタルシスが薄い。青臭くて泥臭い男子たちの部活感を描く作品よりも、女子を主人公にした一癖ある青春映画のほうが魅力的に撮れる監督だと改めて思う。

 

shimacinema.hatenablog.com

shimacinema.hatenablog.com

shimacinema.hatenablog.com