Netflix映画『パリピ的アフターライフの始め方』感想(ネタバレあり)〜パーティープランナーとは、人と人を引き合わせて幸せにすること〜
Netflixオリジナル映画『パリピ的アフターライフの始め方』ネタバレ含めた感想です。邦題から受けるイメージをいい意味で裏切る、地に足のついた幸せについての物語。
作品情報
原題:Afterlife of the Party
製作年:2021年
製作国:アメリカ
日本配信日:2021年9月2日Netflixで配信開始
本編尺:1時間49分
監督:スティーブン・へレク
出演:ビクトリア・ジャスティス、ミドリ・フランシス、ロビン・スコット
ジャンル:コメディ
予告編
あらすじ
思いもよらない事故により、人生の最期を迎えたパリピのキャシー。現世に戻ることになった彼女は、やり残したことを全うし、無事に天国へ行くことができるのか。
感想
評価:★★★☆☆
邦題にも「パリピ」と付いていることもあり、仕事もそっちのけで遊び放題、パーティー三昧というイメージを持ちがちだ。だが、本作の主人公であるキャシーはパーティープランナーという仕事に就いている。
パーティーの開催を設計することで、自分が楽しむという以上に、人と人を引き合わせることで新たな幸せを生み、その結果自分も幸せになるという職業に就いているからこそ、彼女は死後も守護天使のように地上に降り立ち、博物館助手という華やかな世界の対局にいる親友と隣人を引き合わせようと奮闘する。
だが、彼女は親友だけではなく、父親と母親との関係性も修復させなければならない。ここで彼女が人を幸せにするという一方的のベクトルではなく、彼女に幸せにしてもらった親友がそのために一肌脱ぐという恩返しのベクトルが作用していくところが本作のポイントとなる。
自分の人生に深く関与している人物との関係修復のために行動するという物語なので、設定の割には話の射程は狭いが、邦題から受けるイメージをいい意味で裏切る、地に足のついた幸せについての作品だ。
映画『BLUE/ブルー』感想(ネタバレあり)〜挑戦者であり、敗者であり続ける青コーナーの誇り〜
映画『BLUE/ブルー』ネタバレ含めた感想です。挑戦者であり、敗者であり続ける青コーナー。責任と覚悟を伴うボクシング人生の終わりと夢を追った証を身体に刻み込んだ男たちの物語。
作品情報
製作年:2021年
製作国:日本
公開日:2021年4月9日
本編尺:1時間47分
監督:吉田恵輔
出演:松山ケンイチ、木村文乃、柄本時生、東出昌大
ジャンル:青春、スポーツ
予告編
解説
「ヒメアノ~ル」「犬猿」の吉田恵輔監督によるオリジナル脚本で、ボクシングに情熱を燃やす挑戦者たちの熱い生き様を描いたドラマ松山ケンイチが主演を務め、後輩ボクサーの小川を東出昌大、初恋の人・千佳を木村文乃、新人ボクサーの楢崎を柄本時生が演じる。
あらすじ
ボクサーの瓜田は誰よりもボクシングを愛しているが、どれだけ努力を重ねても試合に勝てずにいた。一方、瓜田の誘いでボクシングを始めた後輩・小川は才能とセンスに恵まれ、日本チャンピオンに王手をかける。かつて瓜田をボクシングの世界へ導いた初恋の女性・千佳は、今では小川の婚約者だ。強さも恋も、瓜田が望んだものは全て小川に奪われたが、それでも瓜田はひたむきに努力し続ける。しかし、ある出来事をきっかけに、瓜田はこれまで抱えてきた思いを2人の前で吐露し、彼らの関係は変わり始める。
感想
評価:★★★★☆
BLUE=青コーナー
本作の題材となっているボクシングでは、赤コーナーに王者、青コーナーに挑戦者という図式で拳を交わします。本作の登場人物たちは青コーナー側の人間です。それは負け続けてもリングに立ち続ける松山ケンイチであり、チャンピオンまであと一歩というところで病に蝕まれていく東出昌大であり、そんな2人を見てボクシングにのめり込んでいく柄本時生です。
一方で、ずっと青コーナーに立つということは、王者になれないという意味でもあります。基本に忠実だからといって、才能があるからといって、誰よりもボクシングへの想いが強いからといって、それが決して勝利に直結するわけではない。試合に向けてのそれぞれの物語がありながらも、リング上では赤コーナーも青コーナーに忖度なしに対等に拳を突き合わせ、それを冷静に見つめる作り手のフェアな視点が光ります。
身体に染み付くボクシングのリズム
自分をかっこよく見せるためにという理由でジムに入った柄本時生がボクシングにのめり込む姿を描く序盤はとにかく軽快。ですが、彼の喜びのステップに観るものも歩調を合わせたところで、拳のおっかなさと責任をリアルな描写で突きつけてくる転調、そしてそれでもボクシングを続ける覚悟を描くことで、本作は一気に熱量を帯びていきます。
一方で、松山ケンイチと東出昌大はボクシング人生という青春の終わりを感じながらも、それでも夢のような何かに向かって奮闘します。特にもはや何のためにボクシングを続けているのかわからない松山ケンイチの自虐の裏に秘めた想いやプライドが垣間見える瞬間に胸が熱くなります。人前では明るく振る舞いながらも、一人でいるときにはボーッと先を見つめる視線だけでこの男の人生を物語る静かな演出は見事です。
また東出昌大も、ランニングしながら霧の中へ消えていく幻想的なショット、あるいは病によって背景がぼやけ歪んでいく不安定なショットを挿入することで、視覚的に彼の未来への不安を描き出してみせます。そんな2人を見つめる木村佳乃のポジショニングも絶妙で、この手の映画にありがちな主人公を影で支えるヒロイン的な役割ではなく、2人の人生にがっつりと関与し、絶妙な距離感で、彼らのボクシング人生の始まりと終わりを見届けます。
2人とも次の人生を歩みだし、もうリングに上がることはないでしょう。ですが、気がついたら早朝にランニングをし、あるいは新たな勤め先の魚市場でリズミを刻みながら自然とシャドーをしてしまう。その身体に染み付いたリズムの激しさと美しさが、かつて夢を追うために本気で努力した人間の証だと思います。
Netflixドキュメンタリー映画『ボブ・ロス 楽しいアクシデント、裏切りと欲』感想(ネタバレあり)〜絵画教室の裏側にある搾取〜
Netflixオリジナルのドキュメンタリー映画『ボブ・ロス 楽しいアクシデント、裏切りと欲』ネタバレ含めた感想です。テレビ番組で大人気となったボブ・ロスの願いとは裏腹に、周囲に搾取され続けている構造を浮き上がらせます。
作品情報
原題:Bob Ross: Happy Accidents, Betrayal & Greed
製作年:2021年
製作国:アメリカ
日本配信日:2021年8月25日Netflixで配信開始
本編尺:1時間33分
監督:ジョシュア・ロフェ
出演:ボブ・ロス
ジャンル:ドキュメンタリー
予告編
あらすじ
絵を描く楽しさを教えることで世界中の人に幸せを運んだ画家、ボブ・ロス。だがその事業をめぐる激しい争いが、彼が描いた"ステキな木"に暗い影を落とす。
感想
評価:★★★☆☆
ボブ・ロス人気
ボブ・ロスは1983年から1994年にかけてアメリカで放送されたテレビ番組『ボブ・ロスの絵画教室』で人気者となり、日本をはじめ全世界でも放送されました。その風貌と穏やかな語り口、そして26分の番組内で白いキャンバスに風景画を書いてしまう驚異的な画法は一度観たら忘れられないでしょう。
個人的にはこのドキュメンタリーを見るまでは番組や彼の存在も一切知らなかったのですが、確かにこのやり方であれば自分にもできるかもしれないと、筆をとって絵を描いてみようという思いに駆られる気持ちはとても良く分かります。絵画番組では記録的な長寿番組になったのも納得です。
搾取しようとする者
本作はそんなボブ・ロスの成功と、52歳という短命で生涯を終えた人生をただ振り返るものではありません。人気者で寡黙な本人と、ビジネスパートナーとしてにじり寄るコワルスキー夫婦との奇妙な共同生活、そして彼の死後に現在も続く搾取の構造を、それを間近で見てきたボブ・ロスの息子の証言を中心に浮かび上がらせていきます。
ボブ・ロスの所有していた財産や権利を主張し、彼のキャラクターを商品化し、絵画教室を乗っ取りた挙げ句に複製まで作ってしまう。そこにはアートへの愛や、ボブ・ロスへのリスペクトは微塵も感じられません。現在進行形で続く著作権や肖像権の問題は、広い意味での「芸術」の世界の暗部を映し出します。
ボブ・ロスの願い
ボブ・ロスは白いキャンバスに得を書くことが、嫌な現実を忘れることができる唯一の逃げ場所であり、絵を書くことでみんな価値のある人間だと気づいてほしいと語っています。さらに、完成間近の絵の上からあえて他の色を事故的に塗ってしまうことで、楽しいアクシデントを修正する方法と新たな道のりを見つけてほしいというメッセージを番組内で伝えていました。
ボブの願いと全く違う方向に事業は進んでしまった一方で、世界中の視聴者や教え子たちは、その精神を引き継ぎ、また絵を書くことによって救われた人たちが全世界でたくさんいることでしょう。そんな芸術のポジティブな面も、本作は同じように描いています。その多面性がドキュメンタリーとしての面白さを引き立てていると思いました。
Netflixドキュメンタリー映画『ブラッド・ブラザーズ マルコムXとモハメド・アリ』感想(ネタバレあり)〜美しき友情の終焉、切なさいっぱいの物語〜
Netflixオリジナルのドキュメンタリー映画『ブラッド・ブラザーズ マルコムXとモハメド・アリ』ネタバレ含めた感想です。美しき友情の終焉と、切なさいっぱいの物語。
作品情報
原題:Blood Brothers: Malcolm X & Muhammad Ali
製作年:2021年
製作国:アメリカ
日本配信日:2021年9月9日Netflixで配信開始
本編尺:1時間36分
監督:マーカス・A・クラーク
出演:マルコムX、モハメド・アリ
ジャンル:ドキュメンタリー
予告編
あらすじ
偶然の出会いから、悲劇の結末まで。マルコムXとモハメド・アリが築いた固いきずなと友情が、不信と変わりゆく理想のもとで音を立てて崩れ去る。
感想
評価:★★★☆☆
尊師とマルコムXとアリの三角関係
モハメド・アリことカシアス・クレイにとって、マルコムXは自らをネーション・オブ・イスラム(NOI)へと導いてくれた兄のような存在であり、また尊師アブドル・ラハマーン・ムハンマドは自らにイスラム名であるモハメド・アリという名前を付けてくれた父親のような存在です。またマルコムXも、元々は尊師を尊敬していました。
本作はこの三者の蜜月関係から、徐々に亀裂が入り、マルコムXだけがNOIを離脱し、いよいよ修復不能なところまで対立を深め、終いには暗殺されてしまうまでの悲しく切ない運命の物語を、関係者の証言によって語り直してみせます。
美しき友情の終焉
黒人は神聖で、白人は悪魔である。白人との統合ではなく、黒人は分離と自由を目指すべきだ。そして自己防衛としての暴力は容認し、黒人による軍隊を保有する。尊師を立てながらも、そんな理念と言葉の力強さでカシアス・クレイをも魅了するマルコムXのカリスマ性。だからこそ、暗殺直前にはたったひとりでアフリカを回ることになる彼の孤独と孤高っぷりが際立ってきます。
ここでNOI離脱以来疎遠となっていた、かつての弟であるカシアス・クレイと偶然鉢合わせし声をかけたものの、無視されることで長年の美しい友情は終わってしまったと自覚するマルコムXの切なさと言ったらこの上ない。それをアリも長年後悔していたという身内の証言含め、本作は「切なさ」で溢れています。
上司に逆らい、左遷される部下
マルコムXが孤立してしまった最大のポイントは、尊師の私生活やスキャンダルを暴露してしまったことです。現在であれば、暴露された側がマスコミや世間に晒され、餌食となることでしょう。ですが、当時は尊師は言葉の伝道師であり、使命は果たしているから悪くないと、逆に暴露した側のマルコムXが自分で自分の首を絞める事になります。
それ以前にもケネディが暗殺されたことを喜び、尊師が止めたにもかかわらずそれを公式なコメントとして世間に発表してしまったマルコムX。言葉の力強さやカリスマ性があっても、権威あるものに逆らえば、どうなってしまうのか。そんな中間管理職的なポジションでの立ち振舞という観点から見ても、本作はやはり「切なさ」いっぱいの作品だと思います。
映画『弱虫ペダル』感想(ネタバレあり)〜小野田坂道の強靭さと、狂人さ〜
映画『弱虫ペダル』ネタバレ含めた感想です。恋愛や苦悩、対立といった要素を極力排除し、ロードレースで物語ろうとした作り手の思い切りの良さに好感が持てる一作です。
作品情報
製作年:2020年
製作国:日本
公開日:2020年8月14日
本編尺:1時間52分
監督:三木康一郎
出演:永瀬廉、伊藤健太郎、橋本環奈、坂東龍汰、竜星涼
ジャンル:青春、スポーツ
予告編
解説
コミックス累計発行部数2500万部を突破し、アニメ版や舞台版も人気のスポーツ青春漫画「弱虫ペダル」を実写映画化。「King&Prince」の永瀬廉が「うちの執事が言うことには」に続き主演を務め、主人公の良きライバル・今泉俊輔を伊藤健太郎、自転車競技部のマネージャー・寒咲幹を橋本環奈がそれぞれ演じる。監督は「旅猫リポート」「植物図鑑 運命の恋、ひろいました」の三木康一郎。
あらすじ
運動が苦手で友達がいないアニメ好きの高校生・小野田坂道。ひょんなことから高校の自転車競技部に入った彼は、自転車選手として思わぬ才能を発揮する。そして初めてできた仲間のために、自分の限界や壁を越えてともに走る喜びを見いだしていく。
感想
評価:★★★☆☆
純粋なスポーツ映画
この手の日本の青春映画は、例えば主人公とヒロインの恋愛模様を織り交ぜたり、学校生活での悩みや部活動でのライバルとの対立などの要素を盛り込みながら、それらを成就・解決することでゴールへと向かうという物語の作り方が多い印象を受けます。
ですが、本作はそれらの要素にほとんど尺を要しません。ペダルをとにかく回すというシンプルな思考。主人公の自分が与えられた役割を仲間のために全うするというもはや狂気的とも言える真っ直ぐな献身精神。そして尺の殆どをロードレースに費やし、俳優の肉体のオーバーヒートっぷりに物語を託した作り手の思い切った判断にとても好感が持てます。
学生時代に僕もママチャリで片道15キロほど、雨の日はカッパを着て、雪の日はスタッドレスタイヤを履いて、アップダウンの激しい道を毎日往復していましたが、そのおかげで圧倒的な脚力を手に入れることができました。ただ電車賃を浮かせるためにアキバまでママチャリを漕ぐ坂道は、やはり強靭であり、狂人ですね…。
ロードレースで物語る
ロードレースというのは団体競技であり、チームの誰かが一着でゴールすればいいというルールを本作は最大限活かしています。先頭は空気抵抗が倍になるため、誰かが犠牲になる代わりに、誰かの体力を温存させてゴールまで届けるという発想になります。
またスプリントが得意、山登りが得意、追いかけるのが得意、といった個々の特徴を組み合わせた陣形やペース配分はかなり戦術的で、純粋にスポーツ映画としての楽しさが詰まっています。だからこそ、自分の限界を含めて個々が能力を把握し、それぞれの役割を全うする姿に感動を覚えます。
レース中どのくらい離されているのか位置関係が把握しづらい、ライバル校のエースがどの程度の能力を持っているかの描写がないため脅威なのか分からないなど欠点はあるものの、自転車競技にリスペクトを持って物語ることに成功した一作だと思います。
Netflix映画『ムスタング』感想(ネタバレあり)〜劇場未公開が信じられないほどの、厳しくも温かな大傑作〜
Netflix映画『ムスタング』ネタバレ含めた感想です。ひとりの受刑者と一頭の暴れ馬が寄り添うことでドラマが生まれる。劇場未公開が信じられないほどの厳しくも温かな傑作です。
作品情報
原題:The Mustang
製作年:2019年
製作国:フランス、ベルギー
日本配信日:2021年9月15日Netflixで配信開始
本編尺:1時間36分
監督:ロール・ドゥ・クレルモン=トネール
出演:マティアス・スーナールツ、ジェイソン・ミッチェル、ブルース・ダーン
ジャンル:ドラマ
予告編
あらすじ
ローマン・コールマンはその短気な性格故にすぐに手が出るタイプであり、妻に暴行して重傷を負わせたために服役していた。ローマンは社会復帰のための懸命な努力を続けていたが、生まれ持った気質を改善するのは容易なことではなかった。ほどなくして、ローマンは牧場主のマイルズの下で職業訓練を受けることになった。そこでは、マイルズが組んだリハビリ・プログラムを受講することになった。そのプログラムはムスタングの調教を通して自身の人格を陶冶していくというものであった。ローマンは5週間後に売却される予定の馬を調教するように命じられた。
当初、ローマンは馬と上手く心を通わせることができなかったが、ベテランの調教師であるヘンリーの指導の下、徐々に馬と交流できるようになっていった。数週間後、ローマンは馬とすっかり心を通わせ、ヘンリーとも親しくなっていた。ローマンは馬にマーキスという名前を付けることにした。ところが、ここで予期せぬ事件が発生した。ローマンと同じ部屋で暮らすダンがヘンリーを殺してしまったのである。怒り狂ったローマンは友人の仇を討つためにダンを殺そうとしたが、そこにやってきた警備員の手によって取り押さえられた。
そうこうしているうちに、オークションの日がやって来た。ローマンは関係改善の糸口を探るべく、娘のマーサを会場に招待したのだが、会場に彼女の姿はなかった。そのことに気を取られたばかりに、ローマンはヘリコプターの音に驚いたマーキスに適切な対処を取ることができず、そのまま落馬してしまった。ローマンは危うくマーキスに踏みつけられるところだったが、駆けつけた他の調教師のお陰で事なきを得た。マイルズはマーキスの調教が上手く行かなかったと判断し、彼を安楽死させることにした。それを知ったローマンは雨風でボロボロになっていた施設の門を壊し、マーキスを牧場の外へ逃がしてやった。
しばらくして、ローマンはマーサから手紙を受け取った。マーサは出所する意欲を失った父を心配しており、産まれたばかりの赤ん坊と自分が一緒に写った写真を送ってきたのである。その手紙には「近いうちに貴方の孫の顔を見せに行きます」と書いてあった。手紙を読み終わったローマンがふと施設の門に目をやると、そこにはマーキスの姿があった。マーキスの元気な姿を見た瞬間、ローマンの顔には久々の笑顔が浮かぶのだった。
感想
評価:★★★★☆
ムスタングとは
本作のタイトルにもなっている「ムスタング」とは野生化した馬のことで、アメリカには10万頭以上いて、連邦政府は数千頭を捕獲し、その中の数百頭は刑務所で受刑者の手で調教された後に競売にかけられ、そのほとんどが警察に買われ、一部の馬は国境警備にあたるという現実があります。またその売上金は野生のムスタングを保護するプログラムの資金に当てられるそうです。
本作の中心になるのはマスタングのマーカスと、マーカスを調教することになる懲役12年の受刑者ローマン・コールマンです。刑務所内でも人付き合いが苦手で独居房から戻りたくないローマンと、一頭だけ別場所に閉じ込められている暴れ馬のマーカス。映画の序盤で二人の置かれた境遇や性格に共通点があることが示されます。
誰かに寄り添うぬくもり
そんなローマンはマーカスを殴って言うことを聞かそうとしますが、暴れ馬のマーカスも負けずに抵抗します。言うことを聞かそうとする人間と、それを聞こうとしない馬との根比べ。そんな日々を過ごすうちに、ローマンはマーカスを気にし始めます。独居房のわずかな窓から馬の様子を見る、あるいはその窓から差し込む僅かな光で馬の雑誌を読むローマン。台詞で説明せずとも、彼の想いが十二分に伝わる的確な演出が全編で冴え渡っています。
そして喧嘩をするようにマーカスを罵って疲れ切って座るローマン。ここで座っている彼をフィックスのカメラが捉え、暫くしてフレームの外からマーカスが登場し、互いが寄り添う場面だけでも本作がいかに傑作なのかが分かります。誰かに寄り添うぬくもりを忘れていた両者が1つの画面に収まり、涙を浮かべるローマンの表情も相まって、実に感動的な名場面になっています。
厳しさの先にある温かさ
馬に認められ、それによって周囲に認められるマーカスは、自らも変わろうとします。更生プログラムに参加し、刑務所内で殺された仲間の敵を討とうとし、そして自らのせいで長年苦しめ続けている娘との関係を修復しようとします。
ですが、娘は馬に乗ると何か変わるのかと言い放ち、誘った競売にも姿を現すことはありません。それはおろか、娘がいないかと気を取られているうちにマーカスは暴れ始め、ローマンは落馬し負傷、プログラム自体も中止、マーカスは安楽死させられることになってしまい、ローマンはマーカスを逃します。
いつもの独居房に戻ってしまったローマン。ですが、誰かのために行動し、周囲と関係を構築しようと変わった彼に、少しだけ明るい光が差し込んでいるように見えます。馬を気にかけて覗いていたわずかな隙間の外から、今度はマーカスが立ち止まって覗き返す姿のなんと美しく、神々しく、感動的なことでしょうか。映画は最小限の台詞さえあれば、わずかな範囲な物語でも、ここまで人を感動させることができると改めて証明してみせた傑作だと思います。これが劇場未公開なんて信じられません!
Netflix映画『スペル』感想(ネタバレあり)〜世の中を見下す人間に下る天罰〜
Netflix映画『スペル』ネタバレ含めた感想です。世の中を見下す人間に下る天罰。グロテスクなブギティ人形がトラウマ必至な、田舎なめんなよ系ホラーです…。
作品情報
原題:Spell
製作年:2020年
製作国:アメリカ
日本配信日:2021年9月3日Netflixで配信開始
本編尺:1時間31分
監督:マーク・トンデライ
出演:オマリ・ハードウィック、ロレッタ・デヴァイン、 ジョン・ビーズリー
ジャンル:ホラー
予告編
あらすじ
飛行機事故から目覚めたマーキスは、怪しい魔術を信仰する老女に1人拘束されていた。同乗していた家族の身を案じる彼は、なんとか脱出しようとするのだが...。
感想
評価:★★★☆☆
ブードゥー教とは
本作の狂気じみたホラー展開で鍵を握っているのはブードゥー教という宗教です。ハイチや西アフリカ、そしてアメリカ南部などで信仰されており、全世界で5000万人以上の信者がいるとも言われている民間信仰です。
本作でも疎遠だった父親を見送りにアメリカ南部へと向かいますが、プライベートジェットを給油しようと寄った怪しげな店でブードゥーのまじない袋を持っている店員を蔑んだり、山を超えた向こう側はブードゥーが信仰されているので危険といった描かれ方をされています。
見下す人間に下る天罰
本作の主人公である弁護士は、たとえ原告が同じ黒人であろうと温情をかけずに職務に全うする、いわゆる成功者だ。そして家庭内でも問題を真に受けずに強引に仕切りたがる一面があることが序盤でさらりと描かれます。彼は保有しているプライベートジェットから世界を見るように、相手を見下すような傲慢さがあります。
本作は嵐に巻き込まれて飛行機が事故にあった後に、3人の家族によって謎の部屋に軟禁される恐怖と狂気を嫌というほどじっくりと痛々しく描いていきます。その怖さの根底にあるのが、白人の真似事をしている傲慢な黒人の鼻を折るというやっかみという、人間の奥底にある得体の知れた心の有り様だからこそ、怖さが倍増していきます。
グロテスクなブキティ人形
本作を観たら忘れられないのが、「ブキティ人形」と呼ばれる不気味な人形でしょう。人形と自らの身体がリンクしており、人形がされたことは自分の体にも跳ね返ってくるという設定はもはや拷問です。
また猫の目をくり抜いて人形の目に入れ込む、ヤギの目をくり抜いて盲目の老人の目に入れ込むといったグロテスクな眼球描写。あるいは足の裏に打ち込まれた長い釘を一度抜いた後に、逃げようとしたことを知られないためにもう一度自らの手で足の裏に突き刺す痛々しすぎる描写など、恐怖だけではなく禍々しさとグロテスクさが満載なのもいい意味で嫌気が差します…。
あっさりしたラスト
もはや誰も助けてくれず、一つ一つ希望の芽が詰まれていく絶望的な状況。主人公は自分の力でこの状況を突破する以外、方法がなくなっていきます。ここで、ブードゥー教に支配された村をどのように脱出するかが物語の肝となります。
ここで相手の動きを封じることができる謎の粉を吹きかけ、自分で作ったブギティ人形を自分で作って相手を殺すといった、かなりあっさりとした幕引きとなってしまうのが物足りなかったです。例えば、ブギティ人形を自ら作ることで、助かることはできたがブードゥー教が彼に刻印された等、もっと余韻を残す終わり方ができたはずだと思います。
Netflix映画『ケイト』感想(ネタバレあり)〜チグハグ・ニッポンを牛耳る、ヤクザの世界へようこそ〜
Netflixオリジナル映画『ケイト』ネタバレ含めた感想です。独自のチグハグ・ニッポンの中で暗殺者と、かつて標的だった男の娘。彼女たちが日本ヤクザを切れ味いいアクションでぶっ倒す!
作品情報
原題:Kate
製作年:2021年
製作国:アメリカ
日本配信日:2021年9月10日Netflixで配信開始
本編尺:1時間46分
監督:セドリック・ニコラス=トロイヤン
出演:メアリー・エリザベス・ウィンステッド、浅野忠信、國村隼、ウディ・ハレルソン
ジャンル:アクション
予告編
あらすじ
大都会東京での最後の仕事を前に、毒を盛られてしまった冷酷な暗殺者。余命として残された24時間以内に、自分の殺害を命じた者を突き止め、報復することを誓う。
感想
評価:★★☆☆☆
チグハグ・ニッポン
本作は大阪と東京を舞台にした暗殺者とヤクザの物語です。ハリウッド映画が日本を描くと『SAYURI』を代表とするアジア文化に対する先入観や偏見が浮き彫りになったりしますが、本作はどちらかというと『ウルヴァリン SAMURAI』のような独自のチグハグ・ニッポンを作り上げています。
冒頭の「バーニラ、バニラ、バーニラ♪」と宣伝カーで軽くジャブを入れられ、そこからはカワイくてクールなジャパンと、裏路地の雑多な部分とか同居した異空間。そこで國村隼や浅野忠信といった日本人俳優が暗殺者と対峙していきますが、案外あっさりと女アサシンにやられていく始末。個人的にはかなり目立っていた下っ端ヤクザ役で内山信二をキャスティングした意図を知りたいです笑。ちなみに劇中で度々登場するケイトが好物にしていた「ブーンブーンレモン」という飲み物は存在しないようです…。
ヤクザの世界へようこそ
幼き娘・アニの前でターゲットを暗殺したケイトは、自分に毒を盛った人間に復讐するために、同じく命を狙われた娘とともに行動を共にします。そこで明らかにされるのは、身内同士の陰謀であり、浅野忠信演じる蓮司とウディ・ハレルソン演じる彼女の父親代わりであったヴァリックによって全てが仕組まれていたという真実です。
復讐心を利用され、家族に裏切られた者同士が共闘していく女たち。彼女たちは國村隼の手招きによって身内のけじめをつけ、仁義を貫こうとします。そこでのアクションシーンの切れ味は一見の価値があるものの、ケイトとアニのコンビが上手く跳ねず、また身内の痴話喧嘩のような規模へと矮小化されていくので、物語としての面白みに欠ける印象を受けてしまいます。
また放射線物質を飲み物に混入された(?)ケイトは、一応余命として24時間というタイムリミットがあるものの、彼女の身体がどのような状態であるのか分からないため、ラストの招き猫のネオンに見送られる形で息を引き取る場面も、急に弱々しくなったように見え、その死に何の感慨も湧かないのは致命的だと思います。
Netflix映画『寄る辺なき者』感想(ネタバレあり)〜長年尽くしてきた故郷であるはずの国に裏切られるということ〜
Netflix映画『寄る辺なき者』ネタバレ含めた感想です。実際にあったウィンドラッシュ事件に巻き込まれるある男の不条理の積み重ねと喪失を描いた力作。
作品情報
原題:Sitting in Limbo
製作年:2020年
製作国:イギリス
日本配信日:2021年9月1日Netflixで配信開始
本編尺:1時間29分
監督:ステラ・コッラーディ
出演:パトリック・ロビンソン、ナディーン・マーシャル、CJ・ペックフォード
ジャンル:ドラマ
予告編
あらすじ
50年以上英国に暮らすジャマイカからの移民アンソニーが、ある日突然勾留され、国外退去の危機にさらされる。実際にあったウィンドラッシュ事件を描いたドラマ。
感想
評価:★★★★☆
ウィンドラッシュ事件とは
本作は実際にイギリスであった「ウィンドラッシュ事件」を基に制作されています。「敵対的環境政策」に基づき、イギリスに渡ってきた移民の流入数を抑えようとする政府が引き起こした事件です。
1973年以前にイギリスに移民した、カリブ海諸国出身の「 ウィンドラッシュ世代」(1948年に西インド移民の最初の一団をイギリスに運んだエンパイア・ウィンドラッシュ号に因んで名付けられた)の一員だった。誤って強制送還された人たちと同様に、不特定多数の人々が誤って拘留されたり、仕事や家を失ったり、本来受けられるはずの給付や医療サービスを拒否されたりした。多数のイギリスの長期居住者は、イギリスへの再入国を誤って拒否され、多くの人々が内務省による即時送還により脅かされた。(Wikipediaより引用)
不条理の積み重ね
本作はイギリスで50年以上暮らしてきたひとりの黒人に、不条理が矢継ぎ早に積み重なっていきます。突然の不法労働での解雇、必要書類の山、移民局が自宅に乗り込んできて収容所に送還、釈放と収容を繰り返しながら自主的な帰国を促してくる高圧的な態度…。役人の高圧的なアップと、アンソニーを見下すショットを随所に入れ込むことで、不条理を掻き立てるさりげないカメラワークも効果的です。
戻ったものと戻らないもの
アンソニーの場合は、彼の周囲の人々が働きかけることで世論を動かし、政府側の人間を辞任させるまでに至りました。ただ職や家や身分を失い、出自や尊厳をズタズタにされたアンソニーの心には、埋められない穴が確実にぽっかり空いています。
彼を気遣って軽口を叩く家族、行きつけだったバーに誘う旧友たち。ですが、彼らにも収容所であった出来事を話すことはしないアンソニー。長年尽くしてきた故郷であるはずの国に裏切られ、アイデンティティや拠り所を見失う彼の表情は、イギリスではなく世界中で引き起こされる移民排斥運動の犠牲者を代弁しているようです。
映画『野球少女』感想(ネタバレあり)〜夢を負い続け、本気で努力する人間の瀬戸際の美しさ〜
映画『野球少女』ネタバレを含めた感想です。夢を負い続け、本気で努力する人間はいつ夢を諦めるのか、それとも続けるのか。瀬戸際を見極めなければならない岐路に立たされた人々の物語。
作品情報
原題:Baseball Girl
製作年:2019年
製作国:韓国
公開日:2021年3月5日
本編尺:1時間45分
監督:チェ・ユンテ
出演:イ・ジュヨン、イ・ジュニョク、ヨム・ヘラン
ジャンル:スポーツ
予告編
解説
韓国ドラマ「梨泰院クラス」で注目を集めたイ・ジュヨンが主演を務め、プロ野球選手を目指す女子高生の奮闘を描いた青春スポーツ映画。主人公を支えるコーチを「僕の中のあいつ」のイ・ジュニョク、母親を「無垢なる証人」のヨム・ヘランが演じる。
あらすじ
豪速球とボールの回転力が強みの女子高生チュ・スインは、高校卒業後はプロ野球選手の道へ進むべく練習に励んでいた。しかし女性というだけで正当な評価をされず、プロテストすら受けられない。さらに、友人や家族からも反対されてしまう。そんな折、プロ野球選手の夢に破れた新人コーチのチェ・ジンテが赴任してきたことで、彼女の運命は大きく動き出す。
感想
評価:★★★☆☆
本作で頭に浮かんだのは、投手としてナックルを武器に彗星のごとく野球界に登場した吉田えりだ。回転数の多さとストレートを早く見せる投球術というのは、プロ野球界で女子選手が活躍するのに理がかなった設定ではある。
本作は夢を負い続け本気で努力する人間が、あるいはその周囲の人間が、どうやって諦める/諦めさせる、意地でも続ける/続けさせるかの瀬戸際を見極めなければならない岐路に立たされた人々の物語だ。それはプロ野球に限らず、誰の人生にも訪れるターニングポイントだろう。
冒頭のドラフトの結果を待ち、寒い廊下で列をなす選手たちと、その最後尾にいる主人公の画が象徴的だ。その日の受かる受からないが、野球を続けるか辞めるかに直結する残酷さ。それでも闘志を燃やす主人公の目が素晴らしい。
同じくズルズルと夢を追う父親が試験の不正で逮捕されたことをどのように償い、またそれが彼女にどう影響したのか等、男性キャラクターの描き方の粗さは気になるものの、スポ根映画とは一線を画すクールさを兼ね備えた良作だ。